男性型脱毛症とフィナステリド
「進行する脱毛症」とそのメカニズム
薄毛、抜け毛は、若い年代から中高年の人たちまで、男性だけでなく女性にも、たいへん幅広い人たちにかかわっているトラブルです。
そのような薄毛、抜け毛の悩みを改善していくために、まず、「進行する脱毛」と「一時的な脱毛」を分けて考えてみることにしましょう。
男性型脱毛症(AGA、Androgenetic Alopecia)は、思春期以降のある年代から、前頭部(額の生え際)や頭頂部(頭のてっぺん周辺)の髪の毛が薄くなり、脱毛が進行していきます。
20歳代、30歳代、40歳代、いつごろから脱毛症の進行が目立ち始めるかは、人によってさまざまです。
前頭部、頭頂部、どちらかで進むこともあり、両方ともに薄くなっていくという人もいます。
クリニックを訪れる男性の患者さんでも、半数以上のケースが、この男性型脱毛症に何らかのかかわりをもっているものと思われます。
このような「進行する脱毛」である男性型脱毛症に対して、最近になって、「フィナステリド」(商品名プロペシア)という薬が開発、実用化され、日本でも使えるようになっています。
フィナステリドによる「脱毛抑制」治療
Aさん(20歳代、男性、未婚)は研究職に就いている会社員です。
タバコもお酒も口にしません。20歳を過ぎるころから前頭部が薄くなっていると気になり始めましたが、そのころはフケや抜け毛はとくに感じませんでした。
しばらくすると毛嚢炎(もうのうえん:細菌感染によって毛穴の辺りに赤い発疹ができる病気)がよくできました。
頭皮がアブラっぽく、軽い痛みがありました。
その後も前頭部、頭頂部の薄毛が進んで地肌が透けて見え、強いストレスを感じるようになり、一時期、会社を休職していたこともあります。
髪の毛にいいといわれる市販のシャンプー、育毛剤、サプリメントなどをいろいろと試してみましたが、満足できることはありませんでした。
クリニックを受診したときには、男性型脱毛症と考えられたので、頭髪治療の飲み薬フィナステリドを中心として、発毛を促す塗り薬ミノキシジル、各種ビタミン、ミネラルを含むサプリメントなどによる治療を実施しました。
1ヵ月後、DNA検査の結果を参考に、フィナステリドを増量しました。
3ヵ月後、頭皮に発疹が見られたので、ステロイドを含有するローションを使用したところ、頭皮のトラブルは改善しました。
そのころには、本人が発毛を実感するようになり、「うれしい」との声が聞かれ、やや明るい雰囲気が出てきました。
その後も経過は順調で、以前よりさらに明るく元気になり、本人の満足度も高いようです。
現在は、本人が「もうしばらく続けてみたい」と希望しているために、維持療法への移行も検討しながら、治療を継続中です。
「ディフェンス」の対策が重要
薄毛が目立ち始める年代は人によって違いますが、男性型脱毛症の大きな特徴は、薄毛、脱毛がいったん始まると、それが年月の経過とともに進行していくことです。
ですから男性型脱毛症への対処にあたっては、薄毛、抜け毛の進行を適切に食い止めること、いわば「ディフェンス(守備)」のための治療が大事なポイントになります。
男性型脱毛症のメカニズムについての研究がかなり進み、遺伝的な素因と、男性ホルモンの体内変動が重要なかかわりをもつと考えられるようになってきました。
こういった研究成果をふまえて、男性型脱毛症の進行を食い止める薬フィナステリドがアメリカで開発され、いまでは日本でも使えるようになっています。
このフィナステリドという薬が、どのような仕組みで男性型脱毛症の進行を食い止めるのかを、これから説明していきます。
そのためにはまず、人間の髪の毛の構造と、ヘアサイクル(毛周期)、すなわち、私たち人間の髪の毛が成長、脱毛、新しい発毛を繰り返すサイクルについて、簡単に見ておくことにしましょう。
髪の毛の構造とヘアサイクル
毛母細胞が分裂を繰り返して
まず、私たち人間の髪の毛の構造を見ておきます。
大きく分けて、皮膚の中にもぐり込んで外からは見えない部分(毛根)と、皮膚の外に出ている部分(毛幹)があります。
草花でいえば、皮膚が地面、毛根は土の中に伸びていく根っ子、毛幹が植物の幹にあたるということです。
毛根は、毛包(もうほう)というサヤのような膜に包まれ、毛包の上部に付属する皮脂腺が皮脂を分泌しています。
毛根の下部は卵形にふくらんでいて(毛球)、毛球の底のくぼんだ部分に髪の毛の生産工場にあたる毛乳頭があります。
毛球には、髪の毛を成長させる毛母細胞が詰まっています。
毛母細胞は、毛乳頭に通じている毛細血管から栄養を吸収し、分裂を繰り返して上に伸び、毛幹部分、つまり私たちがふだん「髪の毛」と呼んでいる部分を作っています。
髪の毛の成長のためには、頭皮周辺の血流が良好であること、毛母細胞の活性が十分に高いこと、などが重要であると考えられています。
毛幹は、もっとも外側で表面を覆い包む1000分の1ミリ程度の薄い膜の毛小皮(キューティクル)、髪の毛の大部分を占める毛皮質(コルテックス)、髪の毛の中心部分を占
毛髄質(メデュラ)という三つの層でできています。
伸びて、抜けて、また生える
日本人の髪の毛は頭部全体で約10万本あり、毛母細胞の分裂によって、休止期までの一球定期間、成長して伸び続けます(成長期)。
髪の毛の成長期の長さは2~8年といわれます。
毛根部分での毛母細胞の分裂は、一定期間の後に停止し、退行期(約2週間)を経て休止期(約3ヵ月)に入り、やがて抜け落ちます。
そして、また成長期が始まり、新しい髪の毛が生えてきます。
私たち人間の髪の毛は、このように、成長期、退行期、休止期を経て、髪の毛が伸び、抜け落ちて、また新しい毛が生えてくるということを繰り返しています。
これをヘアサイクル(毛周期)と呼んでいます。
通常、頭部の髪の毛の約1割が、休止期の状態に入っているといわれます。
全体で10万本のうちの1割ですから、1万本が3ヵ月の休止期のなかで抜け落ちていくことになります。
もちろん毎日同じ本数が抜けるわけではありませんが、平均すると1日に100本程度の髪の毛が抜けていることになります。
また、毛の太さは、思春期から20歳前後まで太くなり、それ以降は30歳、40歳、50歳と年をとるにつれて細くなり、伸びる速度も遅くなります。
気になるときは、早めに医師に相談を
クリニックを訪れる患者さんのなかで、「抜け毛が毎日何十本もある。このままではそのうち髪の毛がなくなってしまうんじゃないかと、心配でたまらない」などと訴えてくる人がいます。
抜ける毛もあれば、新しく生えてくる毛もあります。
毛が生えてくるところを目にすることはなかなかできませんが、洗髪時の抜け毛などは目に見えますので、不安をつのらせてしまう気持ちも理解できます。
しかし、いま說明したように、1日に数十本から100本程度の抜け毛は、ヘアサイクルによって私たち人間の体に起きている自然な出来事です。
また、ある程度の年齢になって、髪の毛が細くなった、コシが弱くなった、ボリューム感が落ちたなどと感じるのも、やはり人間の体にとって自然なことです。
どちらも、それだけですぐに病気や異常というわけではないことを、知っておいてほしいと思います。
ただし、薄毛や脱毛が目立つ場合、医学的な治療をしたほうがいい脱毛症によるものであることもあります。
短い月日の間に髪の毛の総量が極端に減った。
脱毛量がたいへん多い。
ある部分だけ毛が細くなった。
髪の毛の伸びが明らかに遅くなった。
などと感じた場合、気になるときには、一人で悩んでばかりいないで、早めに専門家に相談するのも大切なことです。
現在、日本の医療機関のなかで、薄毛や脱毛を受け持っているのは、おもに皮膚科の医師です。
誰かに相談してみようというときには、近隣の皮膚科医を訪ねたり、あるいはまず、なじみのかかりつけ医に話してみるのも一つの方法です。
男性型脱毛症のメカニズム
男性型脱毛症による「硬毛の軟毛化」
男性型脱毛症は、ヘアサイクルの成長期が短縮し、太く硬い毛がだんだんと、あまり成長していない細く短い毛に置き換わっていくことで始まります(硬毛の軟毛化)。
通常なら5年くらい伸びる髪の毛が、成長期が1年、あるいはもっと短くなり、抜けてしまう。
髪の毛が十分に成長しないので、毛根もあまり太く、深くならないうちに、休止期に入ってしまう。
その萎縮した毛根から、3ヵ月くらい後に新しい毛が生えてきて、それが1年も経たないうちにまた抜けてしまう。
その繰り返し。
そうやって、毛根はどんどん萎縮し、細く短い、色素も少ない軟らかい毛が増えていき、だんだんうぶ毛状になってきます。
そういった状態がさらに進むと、休止期から成長期に移行しない、つまり新しい毛を生やさない毛根も増え、結果的に、細く軟らかい毛の本数まで減ってしまいます。
なお男性型脱毛症は、一般的には、男性の前頭部、頭頂部に起きる変化と考えられています。
しかし、女性に起きる薄毛、脱毛のなかにも、女性の体内にも少量ながら存在する副腎性の男性ホルモンの影響による「女性の男性型脱毛症」があるのではないかという見
方が出始めています。
ジヒドロテストステロンがおもな原因物質
このような男性型脱毛症のおもな原因は、「ジヒドロテストステロン」という物質であることがわかってきました。
ジヒドロテストステロンは、男性ホルモンのテストステロンが5α−リダクターゼという還元酵素によって変換されてできる体内物質です。
男子は思春期を迎えると、体が筋肉質になり、声変わりをして、ヒゲや陰毛が生え、ペニスが大きくなって射精をするようになります。
男性ホルモンのテストステロンは、こういった男性のいわゆる「男らしさ」を表現している物質で、おもに睾丸(精巣)で作られています。
このようにテストステロンは、とくに男性の心身にとって大きな役割を果たしている体内物質です。
ただし、テストステロンをはじめとする男性ホルモンは、女性の体内にも少量ながら存在しますし、男性の体内にも女性ホルモンが少量存在します。
このテストステロンから、酵素5α-リダクターゼの働きによってジヒドロテストステロンが作られると、毛乳頭が萎縮し、毛母細胞の成長が抑制されます。
そのために、「硬毛の軟毛化」、つまり髪の毛が太く硬く成長する前に抜けてしまい、細く短い毛が多くなるという症状が進み、薄毛が目立つようになってきます。
これが男性型脱毛症のおもな原因なのです。
フィナステリドの薬効
5α-リダクターゼの働きを抑える
酵素5α-リダクターゼにはⅠ型とⅡ型の二つのタイプがあり、I型は全身の皮脂腺に広く分布するのに対して、Ⅱ型は前頭部、頭頂部の毛乳頭細胞、毛母細胞と前立腺にだけ存在することがわかっています。
この5α-リダクターゼⅡ型という還元酵素の働きが強くなり、頭頂部、前頭部の毛乳頭や毛母細胞に関与するジヒドロテストステロンが増えると、男性型脱毛症の症状が進むというわけです。
飲み薬フィナステリドは、この5α-リダクターゼのI型のみをブロックし、その働きを抑制する薬です。
そうすることによって、前頭部や頭頂部で「硬毛の軟毛化」を促進するジヒドロテストステロンの増加を防ぎ、男性型脱毛症による薄毛、脱毛の進行を食い止めるのです。
男性型脱毛症によって成長期が短縮してしまっていた髪の毛が、簡単には抜けずに育っていけば、外見からも、髪がだんだん太く長くなりますし、毛根もそれだけたくましく育っていくはずです。
脱毛量が減少し、軟毛が成長する
実際、フィナステリドを3~6ヵ月以上使用した患者さんでは、脱毛量の減少や軟毛の成長が見られ、男性型脱毛症の進行遅延や予防効果が十分に期待できることがわかってい
ます。
このことは、フィナステリドの医療用医薬品としての認可を得るために実施された、日本国内での治験の成績によっても確かめられています。
また、男性型脱毛症が発症してからかなりの年月、たとえば10年前後がすでに過ぎている患者さんなどの場合には、フィナステリドの使用による反応、効果が見られるようになるまでに、かなりの時間がかかることもあります。
「ディフェンス」と「オフェンス」の治療
脱毛にはさまざまな関連要因が
男性型脱毛症は「進行する脱毛」ですので、いったん起きると、放置すれば、硬毛の軟毛化、脱毛量の増加、薄毛、毛量の全体的な減少などがしだいに進んでいきます。
フィナステリドは、そのような進行する脱毛を食い止める薬です。
つまり、フィナステリドの使用による脱毛症の抑制は、薄毛、脱毛の進行を「ディフェンス」する「防衛」的な治療であると考えることができます。
男性型脱毛症が起きている人であっても、ジヒドロテストステロンの体内での増加だけが薄毛、脱毛が進む要因ではありません。
頭皮の状態、ストレス、睡眠、食事、喫煙など、さまざまな要因が関連しています。
これらについても、それぞれの患者さんの現状に応じて、適切に対処していく必要があります。
男性型脱毛症の人は一般に、皮脂が多く、汗をかきやすく、頭皮が湿潤な傾向が見られ、男性型脱毛症の早期において80%近い人でフケが増加しています。
しかし、これを気に病んでシャンプー時などに頭皮をあまりゴシゴシ強くこすりすぎると、頭皮の荒れや炎症を引き起こし、髪の毛にさらに悪い影響を与えてしまいます。
適切なシャンプーの方法を身につけて、皮脂、フケ、かゆみを上手に取り除くことが大切です。
育毛剤による発毛促進も大切
一方、男性型脱毛症だけでなく、さまざまなタイプの薄毛、脱毛に対して、適切な薬剤の使用などによって、発毛を積極的に促進する治療に取り組んでいくことも重要です。
クリニックでは、おもにミノキシジルという薬を、塗り薬で、場合によっては飲み薬でも使用して、多くの患者さんに対して効果をあげています。
これに加えて、ストレス、睡眠、食事、喫煙などについても、できることから改善していくとともに、サプリメントを使用してビタミンやミネラルを適切に補給することも有効
です。
これらはすべて、髪の毛への悪い影響を取り除き、積極的に発毛を支援するという意味で、「オフェンス」の取り組み、「攻撃」的な頭髪治療といえます。
男性型脱毛症の治療ではとくに、フィナステリドによる「ディフェンス」の治療と、ミノキシジルによる発毛促進を中心とした「オフェンス」の治療を上手に組み合わせていく
ことによって、より高い頭髪の改善効果をあげることが期待できます。
フィナステリドと遺伝子診断
フィナステリドの効果に個人差が
男性型脱毛症は、ジヒドロテストステロンという本質がおもな原因となって起こります。
フィナステリドの使用によって、このジヒドロテストステロンの増加を抑え、脱毛の進行を防ぐことができます。
診療経験を蓄積していくうちに、フィナステリドによる治療を進めていくと、男性型脱毛症の患者さんのなかでも、フィナステリドがより有効に作用する人と、どちらかという
と効きにくい人がいることがわかってきました。
それは男性ホルモンに対する感受性に関係していて、男性ホルモン受容体遺伝子のDNAを検査することによって調べることができます。
クリニックではすでに、このような遺伝子診断を取り入れているとこらがあり、それぞれの患者さんに適したフィナステリド治療を決定するために活用しています。
ジヒドロテストステロンは、男性ホルモンのテストステロンが5α-リダクターゼによって変換された物質です。
ジヒドロテストステロンは、テストステロンより強力な男性ホルモンの一種です。
体内の男性ホルモンの状態にどれほど敏感に反応するかどうか(男性ホルモンに対する感受性)は、人によってそれぞれ違い、遺伝的に決まっている要素があります。
男性ホルモンに対する感受性
少量の男性ホルモン変化にも敏感に反応する、つまり男性ホルモンに対する感受性が高い人では、5α-リダクターゼの働きによってジヒドロテストステロンが少し増えても、
それに敏感に反応して男性型脱毛症が進行します。
このような人に対しては、フィナステリドの比較的少量の使用でも、5α-リダクターゼの働きを抑え、ジヒドロテストステロンの増加を防ぎ、男性型脱毛症の進行を抑制することができます。
それでは、男性ホルモンに対する感受性が低い人の場合は、どう考えればいいでしょうか。
男性ホルモンに対する感受性が低いのに男性型脱毛症が起きているのですから、原因物質であるジヒドロテストステロンが、それだけ多量に5α-リダクターゼの働きによってできているのだろうと推測することができます。
ですから、このような人に対しては、フィナステリドを比較的多量に使用して、5α-リダクターゼの働きをガッチリとブロックする。
そうすることによって、多量にできているジヒドロテストステロンの増加をできるかぎり抑え込み、男性型脱毛症の改善を目指すべきではないか、というのが考えです。
ただしこの点については、さらにデータの積み重ねと検証が必要です。
「C-A-G」「G-G-C」の繰り返し回数
男性ホルモンに対する感受性とフィナステリドの効果、それに関連する遺伝子診断について説明します。
この遺伝子検査において調べるのは、男性ホルモン受容体遺伝子の6つのエクソン(領域)のうち、第1エクソンです。
男性ホルモンは、私たち人間の体内でさまざまな働きをしていますが、細胞の中にある男性ホルモン受容体に受け取られることによって、その働きを開始します。
その男性ホルモン受容体の設計図にあたるのが、男性ホルモン受容体遺伝子と呼はれる領域です。
具体的には、男性ホルモン受容体遺伝子のたなかの4種類の塩基、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の配列を見ていきます。
このときに、男性ホルモン受容体遺伝子第1エクソンの中で、「C-A-G」と「G-G-C」という塩基配列の、それぞれの繰り返し回数の合計が10回以下の人は、男性ホルモンに対する感受性が高く、少量のフィナステリドで男性型脱毛症の治療を効果的に進められることが、わかってきています。
薄毛、抜け毛は遺伝するか?
遺伝的素因がある程度まで判明
「薄毛、抜け毛は遺伝するのでしょうか?」
「父が(あるいは祖父が)ハゲていたのですが、私は大丈夫ですか?」
という質問を受けることがあります。
薄毛、脱毛には遺伝的な素因が関連している部分があることが、ある程度までわかってきました。
たとえば、5α-リダクターゼという酵素の「体内での分布」は、両親からの遺伝子の影響を受けています。
また、「男性ホルモンに対する感受性」は、母親からの遺伝子にかかわっています。
酵素5α-リダクターゼの働きが強まり、ジヒドロテストステロンが増えることから、男性型脱毛症が進行します。
5d-リダクターゼの「体内での分布」、とくに頭部での分布は、ある人に男性型脱毛症が起きたときに、脱毛がどのような「型(パターン)」で進展するかということに関係していて、これが両親からの遺伝子の影響を受けているわけです。
思い悩むより、正しい知識を手に入れて
父親が薄毛で、本人にも脱毛症が進んだ場合に、その「型」「パターン」が似たものになることがあります。
たとえば、父親が額の両脇から薄くなっていく「M字型」の薄毛だと、本人も「M字型」に脱毛が進行する、あるいは父親も本人も「てっぺんから薄くなる」といったことが起きてきます。
母親からの遺伝子にかかわっている「男性ホルモンに対する感受性」については、母親の父親、つまり母方の祖父との遺伝的な関連の可能性が考えられます。
昔から「ハゲは隔世遺伝(祖父母の代からの遺伝)する」という説がありますが、これも単なる俗説や迷信ということではなさそうなのです。
ただし、お父さんやお祖父さんがハゲていたからといって、自分もそのうちきっとハゲてしまうだろうと運命的に思い込んでしまうのは、適切な考え方とはいえません。
薄毛、脱毛には、さまざまな原因やきっかけが重なりあっていることがあります。
また、薄毛、脱毛についての研究や治療法も着実に進んでいます。
10年後、20年後、もっと先にどうなるかという、予測しようのないことを思い悩むよりも、「もし自分の頭髪がそのような状況になったら、どう対処すればいいか。現在の医療として、どのような現実的な選択肢がありうるのか」といったことについて、科学的で正しい知識や情報を手に入れておくことのほうが、ずっと大切です。
フィナステリドの副作用 https://www.msdmanuals.com/ja-jp/ホーム/17-皮膚の病気/毛髪の病気/脱毛症(脱毛)?query=フィナステリド
まれながら、性欲低下、勃起不全が
フィナステリドは安全性の高い薬の部類に入るといえます。https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00066205
製薬メーカー(MSD株式会社)の添付文書によれば、使用上の注意事項として、肝機能障害のある患者には慎重に使用すること、妊婦または妊娠している可能性のある女性には使用しないこと(男子胎児の生殖器官の発育に影響を及ぼすおそれがある)、授乳中の女性に- は投与しないこと、などとされています。
またおもな副作用として、性欲減退、勃起不全などが挙げられています。
治療の場面ではデリケートな面も
作用については、実際には少々デリケートな面もあります。
診療の現場でこの薬を処方するときには、患者さんに副作用のことも説明しなければなりません。
ですから、「まれですが、性欲低下、勃起不全が起きることがあります」と説明します。
そうすると、、「たしかに性欲が落ちました」「勃起しにくくなったような気がします」と言ってくる人がかなりいます。
医師の説明が暗示的な作用を及ぼすこともありますし、薄毛、抜け毛のせいで何かと自信をなくしているということも考えられます。
性欲減退、勃起不全については、治験のなかで少数例が報告されているのですが、いずれも1%前後、つまり100人に1人前後という割合で、内服中止で改善、消失する副作
用です。
どこまでの回復で「納得」できるか
簡単にあきらめてしまわずに
男性型脱毛症は、20歳代、30歳代といった若い年代でも起こることがあり、「硬毛の軟毛化」がいったん始まると、脱毛が増え、毛が細く短くなり、全体的に毛量が減って薄くなるといった症状が「進行して」いきます。
月日の経過とともに髪の毛が薄くなっていくという実感は、不安や気分の落ち込みなど、本人にとってしばしば大きな苦痛をもたらします。
しかし、男性型脱毛症のメカニズムはかなり解明され、フィナステリドという有効な治療薬が実用化されました。
また、遺伝子診断により、さらに効果を高める使い方が追究されています。
簡単にあきらめたりせずに、前向きな気持ちで、薄毛、脱毛と闘っていってほしいと思います。
「治療のゴール」を見定めることも
薄毛、脱毛の治療では、「百パーセントの満足」を得るのはなかなかむずかしいということも、あわせて知っておいてほしいのです。
薄毛、脱毛で悩む人は、たいていの場合、自分の髪の毛がフサフサといちばん多かったときのことを記憶しているものです。
しかし、男性型脱毛症は、進行する脱毛ですから、いったん男性型脱毛症が進み始めてから、「いちばんよかったとき」の状態にまで頭髪の状態を回復させるのは、現在の医療の力では、治療が順調に進んだとしても、そう簡単にできることではありません。
そこで、どこまでの回復で「納得」するのかということが、しばしば脱毛治療における一つの大きなポイントになってきます。
そして、それを決めることができるのは、最終的には「髪の毛に悩む人」本人でしかないのです。
また、ある程度納得できるまで改善した場合でも、そこで治療を終えて、その後は何もしなければ、いつかまた脱毛症状が進み始める可能性がかなりあります。
そうした行きになってしまわないようにするために、自分自身でできること、自分の力で長く続けられることとして、どのような努力や取り組みが有効なのか。
そういったことについて、できるだけ具体的に患者さんとよく相談するのも、医師の大切な役割の一つなのです。